ドコモ・Sバンク→123
平家物語巻第 「一門大路渡(いちもんおおじわたし)」です。
壇ノ浦の戦いで生捕りになった平家の人々が都に入り、大路を引き回されます。
あらすじ
平家がに連れ去った二の宮が都へ帰還し、人々は喜びます。
(二の宮は高倉天皇の第二皇子守貞親王。「山門御幸」で平家に連れ去られる)。
元暦二年三月二十六日、
八葉の車の簾を上げて乗せられていました。大臣殿(宗盛)、その子右衛門督を始め壇ノ浦で生捕りになった平家の人々が都へ入ります。
宗盛はすっかり痩せ衰え華やかりし頃の面影もありませんでした。
大勢の見物人が押し寄せます。時勢におもねって源氏についた
者が多いといっても長年平家の恩を受けてきた人も多く、涙を流すのでした。
長年宗盛に仕えてきた牛飼の三郎丸は最後の奉公をさせてほしいと義経に願い出て
許されます。宗盛の車を引いていきます。
法皇は六条東の洞院に車を立ててご覧になっていました。朝敵とはいえ
かつては側近く仕えていた平家一門です。それがこんなことになり、法皇や供の人々は
哀れに思われるのでした。
宗盛父子は京中を引かれた後、義経の宿所に連行されます。右衛門督を労わる宗盛の姿を
見て、守護の武士たちも涙を流すのでした。
押し殺した重いトーンで話が進んでいきます。この後宗盛父子を待ち受ける凄惨な運命を思うと
朗読もますます重くなるのです。
録音した日は朝からずっとマスクをかけて喉をいたわっていました。
そして加湿器をバンバンまわしました。効果はかなりありました。乾燥に負けず、コクのある
音になってます。
結露のせいか普段使ってるマイクがブッ飛んだので予備の
RODE NT2Aというマイクで録音ました。まあ、遜色ない音質だと思います。
「年来、重恩をかうむり、父祖のときより伺候したりし輩の、
さすが身の捨てがたさに、おほくは源氏についたりしかども、
昔のよしみたちまちに忘るべきにもあらねば、さこそはかなしう
思ひけめ。」
↑この文が長くてえらい苦労しました。