維盛入水

平家物語:維盛入水 朗読mp3

平家物語巻第十「維盛入水(これもりのじゅすい)」です。維盛は 熊野巡礼の後、那智の海に入水します。


あらすじ

一門からも疎んじられ世をはかなんだ維盛は、旧知の滝口入道の導きで出家します(「維盛出家」)。

熊野三山巡礼(「熊野参詣」)の後、浜の宮から舟に乗り沖の小島に上がり、松の木に 祖父清盛、父重盛の名と並んで自らの名を刻み「寿永三年三月二十八日那智の沖に入水す」と書置きます。

維盛は手を合わせ念仏を唱えますが、なお妻子のことが気にかかり現世に 心を引きとどめられていることを懺悔します。

滝口入道はさまざまに維盛を励まします。悟りを開いて成仏したら再びこの世に立ち帰って家族を導くこともできるのだからと励まします。

維盛はようやく決心がつき、「南無」と一声、那智の海に飛び込みます。

維盛につきしたがってきた与三兵衛重景、石童丸もその後を追い入水しました。


「家族を思いやる」ことが「現世に心を惹かれている、ケシカランこと」とされているのに驚きました。

維盛はどうしても入水しなければならなかったのか、建礼門院徳子のように 生きて一門の菩提を弔うということはできなかったのか…いろいろと考えさせられた章です。

生まれては 遂に死すてふ事のみぞ 定めなき世に さだめ有りけり
(意味)生まれたものは最後に死ぬという事のみが、確かなことのないこの世の中で 唯一確かなことだなあ。

↑これが辞世の歌とされています。

建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は、維盛が 入水したことを聞き、二首の歌を詠んでいます。

春の花の色によそへしおもかげのむなしき波のしたにくちゐる

かなしくもかゝるうめきをみ熊野の浦わの波に身をしずめける

入水したというのは源氏を欺くための流言で、維盛は生き延びて戦国時代の色川氏の祖となったという説もあります。


posted by 左大臣光永 | 重衡と維盛

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