平家物語巻第八より「室山(むろやま)」です。十郎蔵人行家(じゅうろうくらんど ゆきいえ)は平家の策に乗せられ大軍の中に包囲されますが…
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あらすじ
備中国にいる木曽義仲の元へ、都を守っていた樋口兼光から使者が到来します。
「十郎蔵人行家(じゅうろうくらんど ゆきいえ)が院に殿のことを讒言している」と使者は伝えます。
義仲は西国の戦をいったん保留し、都に立ち返ります。十郎蔵人行家は「まずい」と思い、丹波路経由で播磨国に下ります。
そこへ平家が義仲を討とうと室山(現兵庫県揖保(いぼ)郡御津町室津の丘陵)に押し寄せます。これは義仲の
疑いを晴らすチャンスと、十郎蔵人行家は平家に立ち向かいます。
しかし平家は五陣に分けた軍で行家をたくみに誘導します。行家が気付いた時は大軍の中に包囲されていました。
行家はがむしゃらに戦い、多くの味方を失いながらも和泉国から河内へ逃げ延び、長野城(現大阪府河内長野市内)に引きこもります。
平家にとっては都を追い落とされて後の、水島(「水島合戦」)に続く二度目の勝利でした。
十郎蔵人行家という人は、「人形劇平家物語」では小悪党でウッカリ者で小細工ばかりする迷惑な人として描かれていました。人形の造形がまた、いかにもダメなオッサンでした。
「平家物語」では失敗が多い中にもこういう豪快な活躍も描かれているのです。「泊瀬六代」には行家最期の立ち回りが描かれますが、これも豪快です。
「されども我が身は手も負はず、家の子郎党二十余騎、大略手負うて…長野城にひッこもる」このあたりに作者の皮肉ぽい視線も感じはしますが。
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