朗読 平家物語屋島・壇ノ浦 鶏合 壇浦合戦

鶏合 壇浦合戦

平家物語:鶏合 壇浦合戦(一) 朗読mp3
平家物語:鶏合 壇浦合戦(二) 朗読mp3

平家物語巻第十一「鶏合 壇浦合戦(とりあわせ だんのうらかっせん)」です。壇ノ浦の戦い前の源平双方の思惑が描かれます。源氏方では義経と梶原景時が衝突し、平家方では阿波民部重能が裏切りをもくろんでいました。


あらすじ

壇ノ浦での開戦を前に熊野別当湛増(くまののべっとう たんぞう)は、源平どちらに付くか決めかねていました。

託宣とその後の闘鶏の結果は「源氏につけ」と告げており、湛増は源氏につくことにしました(もとは平家寄りだったが)

元暦二年三月二十四日の卯の刻に開戦と決まります。

その頃源氏方では義経と梶原景時が壇ノ浦の先陣のことで口論となり、あやうく斬りあいになりかけました。

周囲の武将らがなだめて事なきを得ましたが、梶原はこの時のことを恨みに思い頼朝に讒言し、ついに義経を死においやったのでした。

(あくまで平家物語の主観的な解釈で、梶原が陰湿な讒言者だったという解釈は現在ではすたれています)

開戦当初、潮流は源氏方に不利でした。潮に逆らって進む必用がありました。しかし梶原は一族で平家の舟に乗り移って、よく戦います。

平家方では知盛が侍たちに命を惜しまず戦えと下知していました。

また知盛は阿波民部重能(あわのみんぶしげよし)の裏切りを察知し、宗盛に重能を斬るよう 進言します。

しかし宗盛は「証拠もなく斬ったりできない」と、知盛の進言を容れませんでした。

平家方の先陣、兵藤次秀遠(ひょうどうじひでとお)は、五百人の精兵に矢を射させます。源氏方は大将軍の義経みづから先陣に立って戦いますが、さんざんにやられて後退していきます。


歴史に名高い壇ノ浦の合戦です。耳なし芳一が語ったのはこの「鶏合 壇浦合戦」「先帝身投」「能登殿最期」「内侍所都入」あたりだと思います。


posted by 左大臣光永 | 屋島・壇ノ浦

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