内裏炎上

平家物語: 内裏炎上 朗読mp3

平家物語巻第一より「内裏炎上(だいり えんしょう)」です。
前半は比叡山の怒りを時忠卿が抑える話、後半は内裏が燃える話です。


あらすじ

山門の大衆が都へ押し寄せた時放置された神輿は、詮議の末、祇園の社に移されました。
山門の大衆が神輿を振りたてて都へ押し寄せることは過去六回ありましたが、神輿に矢を射たのは今回が初めてです。
人々は祟りを恐れました。

同十四日、山門の大衆がまた攻め寄せるという噂が立ち、主上(天皇)をはじめ、上も下も大騒ぎになりました。

山門の大衆は神輿を射られ、多くの法師が殺されたことに怒り狂い、三千の堂宇を皆焼き払い、山にこもろうと詮議していました。

そこへ時忠卿が使わされ、法師たちの暴行を受けようとした時、懐中から紙を取り出し、 「衆徒の濫悪を致すは、魔縁の所行なり。明王(天皇)の制止を加ふるは、善逝の加護なり」と書いて、見事三千の大衆の怒りを鎮めました。

加賀守師高は流罪に、師経は投獄となり、神輿を射た小松殿(重盛)の侍六人も投獄と決まりました。

同二十八日、樋口富小路より火が出て、京中の名所三十余箇所、公卿の家十六箇所をはじめ、多くの建物が塵灰となり、 人々は山王の祟りと恐れました。
大極殿は、過去焼けるたびに再建されてきましたが、これを最後に再建されることはありませんでした。

朗読について

これを読んでいる頃は、「とにかく大きな声で朗読すべし」という思想に支配されていました。所々うるさくて耳に突き刺さる感じです。
朗読というのは、ちゃんと聞き手の立場に立って、声は抑え目にしたほうがいいと思います。

ただの一筆で比叡山衆徒三千人の怒りを鎮める時忠卿。
非常にカッコいい場面なのですが、正直、どうしてこの文面で山門の怒りが鎮まるのか、よくわからないです。勉強が必要です。

後半は「方丈記」にも記されている、安元三年の大火事です。メラメラと燃え広がる炎をイメージしつつ、朗読しました。
被害にあった建物の名前を列挙することにより、テンポを作り出し、炎の激しさをあらわしていると思います。

posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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