西光被斬

平家物語:西光被斬 朗読mp3(1) 平家物語:西光被斬 朗読mp3(2)

平家物語巻第二より「西光被斬(さいこう きられ)」です。
平家物語前半の山場の一つ、鹿ケ谷事件の後始末的な話です。
鹿ケ谷の陰謀に連座した西光法師が斬られます。


あらすじ

謀反の計画に連座した西光法師が処刑されます。

朗読的に一番のキモは、清盛と西光のやりとりです。
縁に立って怒り狂う清盛。桟敷に引き出されながらも、冷静にせせら笑う西光。
視覚的にも、二人の性格、態度の違いをそのまま象徴しているようで、興味深いです。

西光の罵倒の中身は、現代的な感覚からいうとあまり説得力がないですが、 身分が重要だった時代としては、鋭い攻撃だったのでしょう。

平家物語には例えば重盛が医師の診察を拒む場面など(「医師問答」)現代的な 感覚からいえば理解に苦しむところが多いです。
700年も昔の書物ですから背景を考慮しながら読まないといけないです。

あらすじ

流罪になった天台座主が、山門の大衆に奪い返されたことに法皇は怒ります。
西光法師は、「こんなことを許せば世の乱れです」と法皇に説きます (実は天台座主を失脚させたのは西光です。西光は息子の師高と師経が比叡山と問題を 起こし、処罰された件で天台座主を遺恨に思っていました)。
天台座主は院の咎めを恐れていましたが、何の咎めもありませんでした。

一方、平家に対する謀反の計画は山門がらみの騒動により、お預けになっていました。
多田蔵人行綱(ただのくらんど・ゆきつな)は、平家の繁盛を見るにこの計画に実現性は無いと判断。
人に漏らされる前にと、みずから密告することを決意します。

西八条の屋敷で、清盛に謀反の計画を、その参加者の名前を含み、洗いざらい話します。
清盛はおおいに怒り、一門に号令をかけ、侍どもを召集します。

明くる六月一日、清盛は院の御所に遣いをやり、平家に対する謀反の計画があり、法皇もそれに参加している ことを報告させます。
法皇はあわてふためき、まともな返事もなさいません。
遣いの報告で、行綱の話がまことだと確信した清盛は、各地に人を遣わし、謀反に加担したものを捕らえます。

まず首謀者、新大納言成親卿に呼び出しをかけます。
計画がばれたとは夢にも思わぬ成親卿が西八条へ向かうと、 屋敷のまわりは沢山の軍馬がひしめいていました。
盛親卿はまたたく間に取り押さえられ、屋敷の一室に押し込められます。

俊寛僧都、平判官康頼など、謀反の参列者が捕まる中、西光法師は身の危険を感じ、院の御所へ向かいますが、 その途上、平家の侍にからめとられ、清盛の前に引き出されます。

清盛は、西光を恩知らずとなじりますが、西光はひるむことなく、 清盛を成り上がり者と罵ります。
怒った清盛は西光に苛烈な拷問を加え、計画を白状させ、口を割いた後、斬首します。
西光の子息らも、それぞれに斬首されました。

posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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