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平家物語巻第五より「額打論(がくうちろん)」です。
二条天皇崩御の際、延暦寺と興福寺でもめごとになる話です。
あらすじ
永萬元年春より二条天皇がご病気になり、六月二十五日、二歳になる一宮に親王(注)の
宣旨が下されます。
朝廷の儀礼に通じている人々が童帝の前例を話し合います。清和天皇九歳という例は
あるものの、二歳とは前例のないことでした。
七月二十七日、二十三歳で二条天皇は崩御されます。
その葬送の夜、延暦寺興福寺、両寺の大衆が、大変なさわぎをおこしました。
天皇が崩御して葬送の時の作法として、各寺が御墓所のまわりに自分の寺の額を
打つことになっていました。
これには東大寺、興福寺、延暦寺…と厳密に順序が決まっているのですが、
延暦寺は何を思ったか興福寺を飛ばして先に額を打ちました。
怒った興福寺から二人の悪僧が走り出し、延暦寺の額を切り落とし、散々に打ち割りました。
(注)親王…皇族の称号。天皇の兄弟・皇子が親王で、姉妹・皇女が内親王。
朗読について
平家物語の前半は合戦もなく、こまごまとしたネタが多いのです。
この「額打論」も天皇の崩御に伴う寺同士の小競り合いという、地味なトピックです。地味ながら妙に好きな章で、久しぶりに再録しました。
「北の延暦寺 vs 南の興福寺」と単純化しておけば、話が理解しやすいと思います。
現在ではほとんど読まれることも言及されることも無い章なんじゃないでしょうか。
この直後、「清水炎上」で騒動が大きくなるとはいえ、そう何章もひっぱるわけでもなく…まあとにかく
平家物語前半は地味です。
これを録音した日はえらい寒く、喉がカラカラでした。にしちゃガンバッてます(笑)