水島合戦

平家物語:水島合戦 朗読mp3

平家物語巻第八より「水島合戦(みずしまかっせん)」です。
都を落ち延びた平家は、備中の水島で源氏を破り、一時的ながら形勢を立て直します。


あらすじ

都を落ち延びた平家は、讃岐の屋島で形勢を整えていました。
義仲は矢田判官代義清(やたのほうがんだい よしきよ)、 海野弥平四郎行広(うんのの やへいしろう ゆきひろ)ら七千余騎を差し向け、備中国水島(現岡山県倉敷市児島)で平家軍と対峙します。

源氏の舟五百余艘に対し、平家は新中納言知盛卿、能登守教経を大将とした千余艘で押し寄せます。
能登守教経は、舟同士を綱でつなぎあわせ、甲板に板を敷き、往来できるようにします。

乱戦の中で源氏の大将海野弥平四郎は討たれ、矢田判官代義清は舟もろとも沈みます。
源氏は敗走。平家はこの水島の合戦に勝って、会稽の恥を雪いだのです(注)。

(注) 会稽の恥
春秋時代、会稽山の戦いで呉王夫差に敗れた越王勾践が、「会稽の恥を忘れるな」と自分を 励まし、ついに復讐を遂げたという故事に基づく

「水島合戦」について

開戦前に、丁寧に平家は使者を源氏方に送り、宣戦しています。格式に基づいた戦のありようが見える章です。

ちなみに怪談「舟幽霊」は、この水島合戦の死者が化けて出る話です。

舟と舟を板でつないで行き来できるようにするのは、三国志の「連環の計」を 思い出します。

赤壁の戦いで魏と呉が戦ったとき、魏の曹操はホウ統の進言を入れ、舟どうしを鎖でつなぎます。
しかしこれは呉に通じるホウ統の策で、魏の船団は一気に焼き払われてしまいます。

赤壁の魏軍には命取りになった船をつなぎあわせる方法が、水島の平家軍にはプラスに働いたのです。


posted by 左大臣光永 | 木曽義仲の台頭

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