朗読 平家物語平家繁栄 鱸(すずき)

鱸(すずき)

平家物語:鱸(すずき) 朗読mp3

平家物語巻第一より「(すずき)」です。 清盛が安芸守だった頃、熊野参詣の途中、船に鱸が飛びこむという吉兆がありました。 この後、平家は繁栄の道を歩み始めます。
ハッキリ発音することと、ゆっくり間を取ることに注意し再録しました。


あらすじ

忠盛の子らも宮中で官職に就き平家は栄えます。
ある時忠盛が備前国より京都へ上った時、鳥羽の院が「明石の浦はどうであったか」とお尋ねになりました。

忠盛は答えます。
有明の 月も明石の浦風に 波ばかりこそ よると見えしか
(明石の浦は明け方の残月に白昼のように明るく、浦風に吹かれて寄せる波だけが 夜であることを思い出させてくれました)

鳥羽の院は感心し、この歌を金葉集に収めました。

またある時、忠盛は仙洞(上皇の御所)に最愛の女房があり、その元へ通っていました。
忠盛が女房の居室に月の描かれた扇を取り忘れたのを周囲の女房たちが冷やかすと、 女房は答えます。

雲井より ただもりきたる 月なれば おぼろげにては 言わじとぞ思ふ
(雲の間より洩れこぼれる美しい月影のように、宮中から来られた高貴な忠盛さまですから、 いい加減には口にするまいと思います)

この女房は、後の薩摩守忠教の母です。

忠盛が五十三歳で亡くなると嫡男の清盛が家督を継ぎます。

清盛は保元・平治の乱の勲功により、正三位(しょうさんみ)に序せられ、 左右の大臣を経ずして内大臣、太政大臣従一位(だじょうだいじん じゅいちい)になり、 摂政・関白並の待遇を許されるに至りました。

平家がこれだけ繁盛した裏には熊野権現のご利益がありました。

清盛がいまだ安芸守だった頃、伊勢のあののづより、舟で熊野参詣に向かったことがありました。

その時、舟に大きな鱸が飛び込みます。 清盛は「昔、周の武王の舟にも白魚が躍り入ったことがある。これは熊野権現のご利益だ」と言い、その鱸を自ら調理し、家の子郎党らに食べさせました。

そのおかげで平家はこんなにも繁盛したのです。


鱸が躍り入って、めでたいという話です。めでたい感じが出るよう朗読しました。
鱸は出世魚です。セイゴ→フッコ→スズキと出世するのです。
清盛がトントン拍子で出世していく象徴としても、ピッタリです。

前半に登場する明石の浦の歌と女房が詠んだ雲井の月の歌も、よくよく意味を 考えると、いい雰囲気です。
技巧に懲りまくっているので、直感的にピンと来る歌ではないですが。

周の武王の故事を説明する台詞は、平家物語の諸本によって船頭の台詞だったり清盛の台詞だったりするようです。


posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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