願立

平家物語:願立 朗読mp3

平家物語巻第一より「願立(がんだて)」です。
山法師の訴えは昔から厄介なものでした。
比叡山の法師たちが関白師通(もろみち)を呪詛した、「平家物語」本編より80年ほど昔の事件です。


あらすじ

加賀守師高と、その目代(代官)師経は、鵜川寺の僧に暴行を働きました。
白山の衆徒はこのことに怒り、師高、師経の処分を求め、神輿を振り上げて 比叡山延暦寺のある東坂本に到着します。

(下っ端) 鵜川寺 → 白山 → 延暦寺 (ボス)
このように、騒ぎが大きくなったわけです。

「加茂川の水、双六の賽、山法師。これぞわが心のままにならぬもの」と白河院が言ったように、 昔から山門の訴えはやっかいなものでした。

……嘉保二年(1095年)、美濃守源義綱(みののかみ みなもとのよしつな)が比叡山の僧を 殺害したことがありました。

日吉の社司、延暦寺の寺官らは朝廷に訴えますが、関白師通(もろみち)の命令で殺生されました。

比叡山では、山門七社の神輿を本堂に振り上げ、七日間関白師通を呪詛しました。

「関白殿に鏑矢ひとつ射かけたまえ」という祈りが通じたのでしょうか。次の日、関白の家の庭に櫁(しきみ。モクレン科)が一枝立っていたのは恐ろしいことでした。

関白殿の母上は、七日七夜の間日吉の社に参詣し、祈りました。
七日目に、参詣者の一人に山王が降り立ち、託宣があります。

「願いは聞き入れられた。
ただし、同胞が射殺されたことは許しがたいことだ、すべて聞き入れるわけにはいかない。
三年だけ命を延ばしてやろう」と。

母上は、紀伊の国田中の荘を寄進し、それ以降法華問答講を絶やしませんでした。

三年の後、託宣のとおりに関白殿は帰らぬ人となりました。

朗読について

平家物語では、現在進行中の事件の性質を語るため、過去の類似の事件を引用することがよくあります。

ここでは、「山法師の強訴やっかいだ」と述べるために、八十年ほど前の事件が 引用されます。

時々、「現在の事件」と「引用された過去の事件」がごっちゃになってややこしいです。

しかし、こんな寺で総出で人を呪ったりして、えげつない話ですな。

これを朗読した日はえらい寒い日で、喉がカラカラだったのを覚えています。
加湿器の煙を吸い込み吸い込み、朗読しました。

冬の朗読は、やっかいです。暖房は音がキツいので切らざるを得ない。空気は乾燥する。 休憩をはさみつつマイペースで朗読するのがいいです。


posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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