朗読 平家物語平家繁栄 大納言死去

大納言死去

平家物語:大納言死去(一) 朗読mp3
平家物語:大納言死去(二) 朗読mp3

平家物語巻第二より「大納言死去(だいなごんしきょ)」です。
鹿谷事件の首謀者として備前国有木の別所に配流となった新大納言藤原成親卿が処刑されます。


あらすじ

俊寛僧都、康頼入道、丹波少将成経の三人は薩摩潟の鬼界が島に流されます。
風土も住人も、野蛮なところでした。

一方新大納言成親は、子息丹波少将成経が鬼界が島に流されたと聞き、 わずかな希望も消えうせます。
出家を申し出て、許されます。

成親の北の方は、都の北山雲林院にひっそり暮らしていました。
かつての従者や知人は人目をはばかり、訪れなくなりました。 その中に源左衛門尉信俊(げんざえもんのじょう のぶとし)という侍だけは、頻繁に 様子うかがいに通っていました。

ある時北の方は、有木の別所にいる成親を訪ねてほしいと信俊に頼みます。
信俊は北の方と子供たちの手紙を持って、備前の国有木の別所へ向かいます。

警護の武士、難波次郎経遠(なんばのじろう つねとお)は信俊の志に共感し、 すぐに成親に会えるよう取り計らいます。

成親に対面する信俊。その住まいの侘しさもさることながら、かつての主人が 出家して頭を丸めていることにまず驚くのでした。
成親は北の方と幼き人々の文を読んで、涙にくれます。

こうして四五日が過ぎます。信俊は成親の最後を見届けたいと申し出ますが、 許されませんでした。
信俊は後ろ髪を引かれる思いでしたが、泣く泣く成親と別れ、都へ帰り上るのでした。

都で北の方に成親の文を渡すと、出家のしるしとして一房の頭髪が出てきました。
北の方も子供たちも、泣き悲しみます。

同年八月十九日、備前・備中の境、庭瀬の郷、吉備の中山というところで新大納言成親は処刑されました。
その最後の様子はいろいろに伝えられています。
酒に毒を入れてすすめたが拒んだので、断崖の下に竹や鉄の先端を尖らせたものを 植え、上から突き落としたなどと噂されました。

北の方は、菩提寺という寺にこもり僧となり、成親の後世を供養しました。
この北の方は山城守敦方の娘で、大変な美人でした。
後白河法皇の愛人だったのを、新大納言は後白河法皇の信頼が厚かったので下賜されたのです。

朗読について

平家物語前半の主要人物の一人、新大納言藤原成親卿がついに処刑されます。
しばらく成親の話題が続きましたが、とうとう…という感じです。

藤原成親卿は、西光ほど強烈なキャラクター性も無く、器が小さく、 その愚かさから実現不可能な謀反を企てたという感じです。

島流しとなり、護送される道すがらもオドオドと赤くなったり青くなったり… 「ああ…確かにこの状況なら、人間こうなっちゃうよなぁ」という等身大なところが 、どこにでもいる普通のオッサン的で共感でき、そこをこそ表現すべく朗読しました。

しかしこの最後は酷すぎです…。


posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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