朗読 平家物語平家繁栄 城南之離宮

城南之離宮

平家物語:城南之離宮 朗読mp3

平家物語巻第三より「城南之離宮(せいなんの りきゅう)」です。
後白河法皇が平家により城南之離宮(鳥羽殿)へ幽閉されたまま、治承三年は暮れます。


あらすじ

高倉天皇は、いにしえの賢王にも劣らず親孝行な方でした。

父後白河法皇が平家によって城南之離宮(鳥羽殿)に幽閉されると(「法皇被流」) 高倉天皇はひそかに文を送ります。

このような世の中では、天皇の位についていても仕方が無い、 宇多天皇や花山天皇の例に倣い、自分も世を捨てて諸国を流浪したいと語ります。

後白河法皇からは、そなたが位を降りたら何の楽しみがあるのか、 どうか愚老のために位を降りないで欲しいとの返事でした。

高倉天皇は涙ながらに父の言葉を受け入れます。

後白河法皇の側近であった大宮大相国、三条内大臣、葉室大納言らは既に没し、 古老で残っていた藤原成頼、平親範も共に世をはかなみ出家してしまいました。

治承三年十一月二十三日、覚快法親王が比叡山天台座主の位を降りたのに替わって、 前の座主明雲が再び座主の位につきます。

入道相国(清盛)は、このように好き勝手な人事で都をひっかき回しましたが、 娘徳子は后。関白藤原基通は婿。外堀は十分に固めたと安心したのでしょうか。

「政務は主上が好きなように行え」と、福原へ引き上げました。
宗盛からこれを伝言された高倉天皇は、反感を隠しませんでした。

後白河法皇は、城南の離宮(鳥羽殿)で、冬を侘しく過ごされました。
こうして治承三年も暮れます。

朗読について

冬の離宮の侘しさを綴る、後半部分がいい感じです。
ちょうど東京でも雪が降り、思い切り感情移入して朗読できました。

法皇は、城南の離宮にして、冬もなかばすごさせ給へば、野山の嵐の音のみはげしくて、 寒庭の月のひかりぞさやけき。

庭には雪のみ降りつもれ共、跡踏みつくる人もなく、池にはつららとぢかさねて、むれいし 鳥も見えざりけり。

大寺の鐘の音、遺愛寺の聞きを驚かし、西山の雪の色、香炉峰の望をもよほす。
よる霜に寒き砧のひびき、かすかに御枕につたひ、暁、氷をきしる車の跡、 遥かに門前によこたはれり。

巷を過ぐる行人・征馬のいそがはしげなる気色、浮世を渡る有様も、おぼしめし知られて哀なり。


遠くでポポン、ポンと鳴る砧の音というのはぜひ一度聞いてみたいです。

平家物語の中でたびたび引用される「白氏文集(はくしもんじゅう)」が、ここでも引用されています。

遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聞き、香炉峰の雪は簾を掲げて見る」という文句です。
清少納言がこの詩を踏まえて冬の朝に簾を掲げて得意がったのは有名なエピソードです(「枕草子」299段「雪のいと高う降りたるを」)。
さすが平安時代のブログ女はやることがイキです。


posted by 左大臣光永 | 平家繁栄

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