朗読 平家物語平家物語関連 方丈記 治承四年の都遷り

方丈記 治承四年の都遷り

方丈記:治承四年の都遷り

平家物語巻第五「都遷」の福原京への遷都の模様が、 方丈記にも描かれています。文章にかなり似たところが…というか、 まんまです。

関連する章:
都遷都帰

治承四年六月に清盛が突如断行した福原京遷都は、さんざんの不評でした。平家物語では、延暦寺・興福寺を遠ざけようとした 清盛の意図が語られていますが(「都帰」)、市井の民にとっては、そんな政治の話は どうでもよく、迷惑だけだったでしょう。方丈記でも、悲惨なことばかり書かれています。

清盛は大輪田泊を改修し日宋貿易の拠点とし、 経の島という人工島を造ったり(「経島」)、福原を中心として日本を貿易国家にする壮大なプランが あったようです。挫折したとはいえ、その夢が国際都市・神戸の礎と なったわけで、今でも神戸では「恩人」扱いです。

しかし同時代の人々にとっては、この無謀な遷都は迷惑以外のなにものでも なかったようです。

「方丈記」の冒頭部分はこちらで朗読しています↓↓

posted by 左大臣光永 | 平家物語関連

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