平家物語巻第九より「河原合戦(かわらかっせん)」です。木曾義仲に 代わり、源義経が京都に入ります。
平家物語:河原合戦 朗読mp3あらすじ
宇治・瀬田の合戦は木曾義仲軍の敗北に終わり(「宇治川先陣」)戦況報告が頼朝のもとに届きます。「宇治川先陣佐々木四郎高綱、
ニ陣梶原源太景季」とありました。
義仲は宇治・瀬田が敗られたときき院の御所、六条殿へ
まいるが、既に義経軍が迫っているのを
聞き引き返します。
六条高倉に通い慣れた女房がいたので別れを惜しんでいましたが
家来の越後中太家光が自害して抗議したのでようやく出発し、
六条河原で東国の勢と奮戦します。
一方、義仲に代り院の御所に参上した義経は法皇、大膳大夫成忠(だいぜんのだいぶ なりただ)
を始め、院の人々に歓迎されます。
義経以下、安田三郎義定、畠山庄司重忠、梶原源太景季、佐々木四郎高綱、
渋谷右馬允重資、法皇の御前で名乗ります。
「義仲は鴨川の河原を北上して逃げているところです。今頃は討ち取られているでしょう」との
義経の報告をきき、法皇は感激し、御所の守護を命じます。
義仲はいざとなれば法皇の身柄を拘束して西国へ逃げ延び平家と同盟しようと
していましたが、すでに義経が御所の守護を命じられたことをきき、敵の
中に駆け入り奮戦します。
しかし幼少の頃から「死ぬときは一所」と誓った今井四郎兼平の身の上が
心配でした。
義仲は東国の勢と戦いながら鴨川を渡り粟田口・松坂にかかります。
信濃を発った時は五万余騎だった軍勢もわずか七騎になっていました。
「木曾最期」に先立つ、義仲凋落のエピソードです。義経が
颯爽と歴史の舞台に登場します。その陰でなおさら義仲がミジメに
映るのです。
しかし最後の見せ場とばかりハデな活躍を見せる義仲、合戦の描写は
素晴らしいです。
最近は立って朗読しているので声の出がいいカンジです。
義経が院の御所に参上した時の「くろ煙けたてて馳せまいる」の「けたてて」が
なかなか発音できなくて大変でした。