山門滅亡

平家物語巻第二「山門滅亡」。比叡山は内部抗争により衰退しきっていた。

あらすじ

比叡山では大衆・学生(延暦寺で長年修行してる僧)らと堂衆(僧兵化していた下級僧)らが合戦を繰り返していた。大衆が堂衆を討つことを公家に訴えかけ、公家は武家に訴え、湯浅●以下の武士が討伐に向かうが堂衆に返り討ちにされた(「山門滅亡 堂衆合戦」)。

これによって比叡山を離れる僧が増え、山門の衰退が進んだ。

それは天竺の竹林精舎や給孤独園(祇園精舎)が、震旦の天台山や五大山が衰退していった様にも似ていた。

比叡山を去った僧の一人は、こんな歌を残した。

いのりこし我たつ杣のひきかへて人なきみねとなりやはてなむ
(意味)伝教大師が祈り続けてきたこの比叡山も、今や衰退しきって人のいない峰となりはてるのだろうか。

平家物語:山門滅亡 朗読mp3

「給孤独園」は詳しくは祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)。「祇園精舎」で触れられている最初の仏教寺院のことです。

この日は雨が降って十分な湿気があり、喉の調子が良かったです。

posted by 左大臣光永 | 平家繁栄