法皇被流

平家物語巻第三より「法皇被流(ほうおう ながされ)」です。
後白河法皇が平家により鳥羽殿へ幽閉されます。

平家物語:法皇被流 朗読mp3

あらすじ

重盛の死後、清盛は後白河法皇に九か条をつきつけ、その非を難じます(「法印問答」)。

治承三年十一月二十日、院の御所法住寺殿を平家の侍が取り囲みます。
宗盛が先導して、後白河法皇を鳥羽殿へ移します。
後白河法皇は亡くなった重盛と弟の宗盛を比べて、宗盛の人物の劣っていることを嘆きました。

公卿・殿上人は一人も連れず、北面の下級武士、金行という者と、乳母の紀伊の二位だけが 付き添います。

法皇が連行されていくのを見て、人々は嘆き、先日の地震(「法院問答」)はこのことの前触れだったかと 言い合いました。

鳥羽殿には後白河法皇の側近、大膳大夫信成(だいぜんのたいふ のぶなり)が紛れ込んでおり、 法皇の望みに従って泣く泣く湯をわかします。

静憲法印は法皇への面会を清盛から許されました。
鳥羽殿で法皇が経を上げているのを見て、静憲法印は涙を流します。
「いずれ平家は滅び、法皇様の御世が戻るでしょう」と慰めるのでした。

高倉天皇は、関白藤原基房をはじめ多くの臣下を失ったことに加え、今回の 後白河法皇幽閉で、すっかり気持ちが参って、清涼殿の御寝所に引きこもってしまいました。

夜ごとに後白河法皇の安全を願い、清涼殿の石灰の壇で伊勢大神宮に祈るのでした。

このように父親思いな高倉天皇と違って二条天皇は父の法皇に逆らってばかりいました。
そのせいか、二十三歳で崩御し、 後を継いだ六条天皇も十三歳で崩御されたのです。

朗読について

実家の座敷でのびのびと朗読しました。
いつもレンタルしている和室より狭いので、反響音が強めです。
毛布を垂らして簡易吸音材にするのが一番なんですが、メンドくさくてしませんでした。

平家物語は、宗盛に厳しいです。ここでも重盛と比較されて散々な言われようです。
平家物語は事象をおおざっぱにとらえるので、「聡明な重盛」と「暗愚な宗盛」という図式 になるのです。
ちょっと宗盛が可哀想です。
後半では子供想いの情に厚いところもも描かれていて、憎めない人物なんですが…。


posted by 左大臣光永 | 平家繁栄