平家物語巻第二より「善光寺炎上(ぜんこうじ えんしょう)」です。
この頃(治承3年(1179))善光寺が炎上しました。百済から伝わった弥陀三尊像を安置して善光寺が創建されてから580年あまり。炎上したのはこれが初めてでした。王法(法律や政治)が滅びる前触れかと、人々は噂しました。
平家物語:善光寺炎上 朗読mp3あらすじ
その頃(治承3年(1179))、信濃の善光寺が炎上した。
この善光寺の本尊は、三尊の弥陀像である。
昔インド中部舎衛国に五種の悪病が起こったとき、月蓋長者という人が竜宮城に行って閻浮壇という川の底から出る砂金を持ち帰り、釈迦とその弟子目連、そして月蓋長者の三人で心を合わせて像を鋳た、その三尊の阿弥陀像、閻浮堤一の霊像である。
釈迦入滅の後、インドに五百年留まっていたが、仏教がインドから東に移るにしたがい、百済国に移り、さらに千年の後、欽明天皇の時代に日本に移った。
しかし、当時の日本は仏教を受け入れるか否かで国論が割れており、この阿弥陀像は摂津国難波浦に投棄された。
投棄されている阿弥陀像が黄金色に輝いていたので仏教推進派は「金光」と勝手に年号をつけた。
金光三年三月、信濃国の住人本太善光という者が都へ上ったときにこの像を見つけ、信濃の国へ持ち帰った。
その途中、昼は善光が阿弥陀像を負い、夜は阿弥陀像が善光を負うという具合で、信濃国水内の郡に安置した。
以来五百八十余年、炎上はこれが初めてのことである。
王法(法律や慣習)が尽きる時はまず仏法が滅びるという。
「このように霊験深い寺社が多く焼けるのは、王法が尽きる前ぶれだろう」と人々は噂した。
朗読について
平家物語には神社仏閣などが焼ける「炎上物」が五句あります。
清水寺炎上
内裏炎上
善光寺炎上
三井寺炎上
奈良炎上
の五句です。
どれも寺社などが燃える縁起でもない話です。
なぜか舌に乗りやすく、朗読するのは結構爽快なんですが。
本来、陰鬱に、切々と朗読しないといけない所です。
この「善光寺炎上」は、えらくまた難解な仏教語が続きます。
内容は善光寺如来の由来です。今でも長野県の善光寺ではこの善光寺如来は
本尊として崇拝されています。
善光寺は女人往生の寺としても知られます。
この「善光寺炎上」では語られていませんが、開祖の一人月蓋長者が閻浮檀金を求めたのは
娘の如是姫の病気回復を願ってのことであり、
開かれた時から、女性との関わりが強かったわけです。
当時寺といえば女人禁制が当たり前の中、善光寺は積極的に女性を救ってくれました。
平家物語では「千手前」の章で千手前が重衡の後世を弔って善光寺にこもっています。
「吾妻鏡」「曽我物語」で知られる虎御前(とらごぜん)が曽我兄弟の遺骨を納めたことや、
八百屋お七を弔って吉三郎が観音堂を建てたこと。
女性に関するエピソードの多い善光寺です。