平家物語巻第九「樋口被討罰(ひぐちの ちゅうばつせられ、ひぐちのきられ)」です。
木曽義仲亡き後、木曽四天王の一人樋口次郎兼光(ひぐちのじろう かねみつ)は降伏しますが、
結局は赦されず、首を刎ねられます。
平家物語:樋口被討罰(二) 朗読mp3
あらすじ
木曽義仲が粟津で討たれます(「木曽最期」)
樋口次郎兼光は、十郎蔵人行家を追って紀伊国の名草に向かっていましたが、
義仲と今井四郎の死を知り、討死覚悟で都へ上ります。
樋口次郎の上洛に備え、都に駐留している軍勢は守りを固めます。
さて樋口軍の中に茅野太郎光広(ちののたろう みつひろ)という者がいました。
敵陣に「一条次郎殿と戦いたい」と呼びかけますが、「相手をえり好みをするな」と
笑われます。
茅野太郎は、自分の弟が一条軍の中におり、息子たちに自分の奮戦を伝えるため
戦いたいと言ったのだ、敵をえり好みしているわけではないと語り、
敵の中に駆け入り、討死します。
樋口次郎は名の通った豪傑でしたが、縁故の深い児玉党の人々に強く降伏を勧められ、
それに従います。
院の御所からいったんお赦しが出ますが、かたわらの公卿や女房たちが反対したので
結局は死罪と決まりました。
寿永三年一月二十二日、木曽義仲によって摂政につけられた松殿師家が解任させられ、藤原基通が摂政に復職します。
二十四日、木曽義仲一派の首が大路を渡され、翌日樋口次郎も斬られます。
昔、秦国が滅びた時に項羽と沛公(劉邦)が位を争いました。
その時沛公は先に都へ入ったのですが
後に都入りする項羽の非難を避けるため、軍規を厳しくして略奪行為など
許しませんでした。
義仲も沛公のように賢くふるまえばよかったのに、残念なことでした。
このように源氏同士で争っている間、平家は福原の一の谷に城砦を築き、源氏の攻撃に備えていました。
朗読について
樋口次郎兼光の死です。
弟の今井四郎は前章「木曽最期」で派手な死に様をさらします。
刀を口に含み、馬から飛び降り、グサーーと刺さる。映像化してほしくない部分です。
その派手な今井に対し、兄樋口は降伏を選びます。
平家物語は「樋口次郎は〜運や尽きにけん」と、容赦ないです。
平家物語は「死を前に毅然としない者」に対しては、えらい厳しいです。
例えば宗盛の死後のみっともなさに対してもボロクソ言ってます。
あんた何様よと思うことしばしばです。
樋口次郎といえば、「実盛」で斉藤別当の首を見て「あなむざん、斉藤別当で候けり」の台詞が印象深く、
この台詞のせいで、樋口次郎の表情は(私のイメージの中で)いつも無残ぽくひきつってます。
マイクまでわりと距離を取って朗読しました。やかましくならないように注意しました。茅野太郎の名乗りは、なかなか勇ましく言えた気がします。